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昭和の幕開けとホテルニューグランドの誕生

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 ホテルニューグランド建設の中心的役割を担った有吉忠一横浜市長は、関東大震災後の横浜復興に身を挺し、昭和の横浜の礎をつくった人物。有吉市長は横浜市議会にホテル建設計画を提案すると、横浜商工会議所や、地元財界に働きかけ、今で言う第3セクターのような仕組みをつくり、建設総工費総額121万5000円を、一般の市民からも幅広く集めたのです。

 設計は、渡辺仁。のちに服部時計店(現在の銀座和光)、東京国立博物館などを設計した、近代日本を代表する建築家です。(両建築は、現在、東京の建築遺産50選となっています。)地上5階建て、イギリス風の制服を着たドアボーイがよく似合う、近代復興式の堂々たる外観。玄関から2階に昇ったところにロビーがあるつくりは、当時から非常に珍しいものでした。


 たびたび映画等の撮影でも使われるこの優美なロビーには、開業当時、床一面イタリア製の亀甲タイルが敷き詰められました。しかしそんな西洋風の建築でありながら、正面エレベータ上部に張られたのは京都の川島甚兵衛が製作した綴織の「天女奏楽之図」。天井から吊るされたのは、東洋風の伽藍の灯籠でした。

 東西の美が絶妙にミックスした2階のロビーの様相は、日本の表玄関として相応しいものでした。現在もロビーの大部分は、当時のまま残されています。

 尚、ホテルの名称は一般公募されましたが、なかなか適当なものがありませんでした。結局は震災前に横浜を代表したグランドホテルの名を蘇らせようという思いから、ホテルニューグランドに決まったと伝えられています。

 1927年(昭和2年)11月竣工落成、12月1日開業。レセプションには各国大使をはじめ、約3000人が集まりました。それはホテルだけでなく、横浜の昭和の華々しい幕開けでもありました。

ホテルニューグランド

(資料提供:ホテルニューグランド)

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