【連載】ホテルニューグランド 80年を振り返る
1927年(昭和2年)に開業したホテルニューグランド。2007年でなんと開業80周年を迎えました。
横浜ならではの文化の発信基地として、日本を代表するクラシックホテルとして、その名に恥じない一流のおもてなし提供しているホテルニューグランド。その80年の歴史を振り返ってみましょう。
1927年(昭和2年)に開業したホテルニューグランド。2007年でなんと開業80周年を迎えました。
横浜ならではの文化の発信基地として、日本を代表するクラシックホテルとして、その名に恥じない一流のおもてなし提供しているホテルニューグランド。その80年の歴史を振り返ってみましょう。
ホテルニューグランド建設の中心的役割を担った有吉忠一横浜市長は、関東大震災後の横浜復興に身を挺し、昭和の横浜の礎をつくった人物。有吉市長は横浜市議会にホテル建設計画を提案すると、横浜商工会議所や、地元財界に働きかけ、今で言う第3セクターのような仕組みをつくり、建設総工費総額121万5000円を、一般の市民からも幅広く集めたのです。
設計は、渡辺仁。のちに服部時計店(現在の銀座和光)、東京国立博物館などを設計した、近代日本を代表する建築家です。(両建築は、現在、東京の建築遺産50選となっています。)地上5階建て、イギリス風の制服を着たドアボーイがよく似合う、近代復興式の堂々たる外観。玄関から2階に昇ったところにロビーがあるつくりは、当時から非常に珍しいものでした。
しかし開業後のホテルニューグランドの歴史は決して平坦なものではありませんでした。開業からわずか10数年で、太平洋戦争の勃発。戦時中も何とか営業を続けたホテルニューグランドも、終戦となった8月15日に一時解散することを決めました。
「一時各自の家に戻り、いつの日にか開業の機会が訪れたら駆けつけて欲しい」と徴兵から逃れたわずかな従業員は告げられたそうです。
そんなホテルに戦後一番にやってきた人物、それが連合軍最高司令官ダグラス・マッカーサーでした。あの有名なコーンパイプ、濃いサングラス、ノーネクタイ姿で1945年8月30日、厚木飛行場に降り立ったマッカーサー元帥。彼は「どこへ」と聞かれると、「ホテルニューグランドへ」と答えたと言います。マッカーサー元帥は戦争前から日本を5回訪れた経験があり、その際、ホテルニューグランドに2度も宿泊した経験があったのです。ゾーン夫人との新婚旅行もホテルニューグランドでした。
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